荒木先生にあやかってホラー映画紹介last
2011年8月10日 趣味 コメント (2)田舎で町営プール通いしてたらもうコミケ寸前やった…。東京に帰還する。
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ホラー映画紹介
⑨悪魔・怨霊ホラー
その1:リセット(原題vanishing on 7th street)
粗筋
ある日前触れもなく世界の光が消え、殆どすべての人間が消失した。太陽の光を削り夜を増やす「影」は世界中を侵食し、その影に取り込まれると、人は突如姿を消してしまう。
映画館の技師、TVキャスター、医者、バーテンの息子の4人は自家発電機によって光を周りに投げかけている一軒のバーに吸い寄せられるように集まった。明けるとも知らぬ夜を越すため、彼らはこの現象の原因を突き止めようとする。だが、発電機もすでに限界に達しており、影は徐々にバーの内部までも侵食しようとしていた。
何故これを悪魔・怨霊ホラーに入れるか?私は悪魔系映画の面白さは「モンスター、直接的危害を加える」存在としての悪魔よりも、「人の心の弱さ」を露呈させる存在としての悪魔に心惹かれるのです。
この映画、「光」と「闇」が直接的なテーマなのですが闇を祓うのは「身近な光」でなければ意味がなく、遠くの光や誰かの光では影は退散させられない、という非常に明確な宗教的暗示がされています。己の内側からの信仰心でなければ、悪魔は退散させられないのでしょう。世界滅亡系ホラーにしては頽廃さよりも恐怖感を覚えるような作りになっており、近年のホラー映画としては十分評価に値する作品だと思います。
その2:ドニー・ダーゴ(さすがにこれは悪魔じゃないって?細けえこたぁ以下略
粗筋:マサチューセッツ州に住む高校生のドニー・ダーコはある晩、奇妙な声に導かれてゴルフ場へと向かう。そこにはフランクという名の銀色のウサギがおり、「世界の終わりまであと28日と6時間と42分12秒しかない」とドニーに告げる。翌朝、ゴルフ場で目覚めたドニーが家に戻ると、ジェット機のエンジンが彼の家を直撃していた。
1度目の視聴では完全な理解の出来ない難解な作品ではありますが、完成度が高く考えるところの多い映画なので、先ずは観てみることをお勧めします。この映画は現時点では私が最も多くの人に見てもらいたいホラー映画です。
サイト
http://www.donniedarkofilm.com/
結構いい考察サイト
http://eiga-kaisetu-hyouron.seesaa.net/article/170421602.html
いいEDテーマ
http://www.nicovideo.jp/watch/sm202112
⑩ホラーオンザボーダー
ここではあえて個別の作品ではなく、ホラー映画業界に対する私の個人的な思いを2つの点で述べていきます。
その1:ホラー=怨霊系という邦画の過ち
Jホラーは衰退しました。何故でしょうか。それは結局ホラー=幽霊だろ、という思考停止ジャップ気質に問題がありました。昔から妖怪(=特定地域におけるタブー、道徳的教えの装置)と幽霊(=特定民族における倫理感を伝える装置)の2つが長らく怪奇を説明づけるものとして日本では採用されてきており、それらは小説、技芸、そして映画やTVといった媒体で刷り込まれ続けてきました。
そういった固定観念がどこをみても同じような作品ばかりを作る体制を作り、Jホラーの衰退=陳腐化を招いたのです。
0年代ホラーは構築系=ソリッドシチュエーションが花咲いた時代ではありましたが、海外では同時にハンディカム系の1人称視点ホラーやSFホラーもあり、またリメイクが盛んに行われたこともありゴシックホラーやスラッシャーマーダー系もたくさん作られていました。こういう自由な気風にこそ、次の傑作を生み出す素地があると思います。
その2:ホラーって何が楽しくて見るの?
荒木先生は新書内で、ホラーを受容する態度の4類型として①まったく見ない②そこそこ見る③結構見る④現実で狂気に走る、を挙げていました。そして②と③が程よい、狂い過ぎるのはもちろん良くないが、全く見ないという精神構造も如何なものかとも言っていました。
異常とは普段はないが、ひょっとしたら起こり得ることを指します。想像力の欠如は時として、本当の狂気を生み出す。ホラー映画は作り手がどれだけ糞真面目でも、笑い飛ばしてみてもらって結構です。それでも、いつか本当に突拍子のないことが現実に起こってもそれを乗り越える余裕、心の強さを。ホラー映画は与えてくれるものだと信じています。
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ホラー映画紹介
⑨悪魔・怨霊ホラー
その1:リセット(原題vanishing on 7th street)
粗筋
ある日前触れもなく世界の光が消え、殆どすべての人間が消失した。太陽の光を削り夜を増やす「影」は世界中を侵食し、その影に取り込まれると、人は突如姿を消してしまう。
映画館の技師、TVキャスター、医者、バーテンの息子の4人は自家発電機によって光を周りに投げかけている一軒のバーに吸い寄せられるように集まった。明けるとも知らぬ夜を越すため、彼らはこの現象の原因を突き止めようとする。だが、発電機もすでに限界に達しており、影は徐々にバーの内部までも侵食しようとしていた。
何故これを悪魔・怨霊ホラーに入れるか?私は悪魔系映画の面白さは「モンスター、直接的危害を加える」存在としての悪魔よりも、「人の心の弱さ」を露呈させる存在としての悪魔に心惹かれるのです。
この映画、「光」と「闇」が直接的なテーマなのですが闇を祓うのは「身近な光」でなければ意味がなく、遠くの光や誰かの光では影は退散させられない、という非常に明確な宗教的暗示がされています。己の内側からの信仰心でなければ、悪魔は退散させられないのでしょう。世界滅亡系ホラーにしては頽廃さよりも恐怖感を覚えるような作りになっており、近年のホラー映画としては十分評価に値する作品だと思います。
その2:ドニー・ダーゴ(さすがにこれは悪魔じゃないって?細けえこたぁ以下略
粗筋:マサチューセッツ州に住む高校生のドニー・ダーコはある晩、奇妙な声に導かれてゴルフ場へと向かう。そこにはフランクという名の銀色のウサギがおり、「世界の終わりまであと28日と6時間と42分12秒しかない」とドニーに告げる。翌朝、ゴルフ場で目覚めたドニーが家に戻ると、ジェット機のエンジンが彼の家を直撃していた。
1度目の視聴では完全な理解の出来ない難解な作品ではありますが、完成度が高く考えるところの多い映画なので、先ずは観てみることをお勧めします。この映画は現時点では私が最も多くの人に見てもらいたいホラー映画です。
サイト
http://www.donniedarkofilm.com/
結構いい考察サイト
http://eiga-kaisetu-hyouron.seesaa.net/article/170421602.html
いいEDテーマ
http://www.nicovideo.jp/watch/sm202112
⑩ホラーオンザボーダー
ここではあえて個別の作品ではなく、ホラー映画業界に対する私の個人的な思いを2つの点で述べていきます。
その1:ホラー=怨霊系という邦画の過ち
Jホラーは衰退しました。何故でしょうか。それは結局ホラー=幽霊だろ、という思考停止ジャップ気質に問題がありました。昔から妖怪(=特定地域におけるタブー、道徳的教えの装置)と幽霊(=特定民族における倫理感を伝える装置)の2つが長らく怪奇を説明づけるものとして日本では採用されてきており、それらは小説、技芸、そして映画やTVといった媒体で刷り込まれ続けてきました。
そういった固定観念がどこをみても同じような作品ばかりを作る体制を作り、Jホラーの衰退=陳腐化を招いたのです。
0年代ホラーは構築系=ソリッドシチュエーションが花咲いた時代ではありましたが、海外では同時にハンディカム系の1人称視点ホラーやSFホラーもあり、またリメイクが盛んに行われたこともありゴシックホラーやスラッシャーマーダー系もたくさん作られていました。こういう自由な気風にこそ、次の傑作を生み出す素地があると思います。
その2:ホラーって何が楽しくて見るの?
荒木先生は新書内で、ホラーを受容する態度の4類型として①まったく見ない②そこそこ見る③結構見る④現実で狂気に走る、を挙げていました。そして②と③が程よい、狂い過ぎるのはもちろん良くないが、全く見ないという精神構造も如何なものかとも言っていました。
異常とは普段はないが、ひょっとしたら起こり得ることを指します。想像力の欠如は時として、本当の狂気を生み出す。ホラー映画は作り手がどれだけ糞真面目でも、笑い飛ばしてみてもらって結構です。それでも、いつか本当に突拍子のないことが現実に起こってもそれを乗り越える余裕、心の強さを。ホラー映画は与えてくれるものだと信じています。
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